2013/03/28

"からげる"


「肉体の芸術は悲しいね。死んだらすべて無くなっちゃうんだもの」


    
去年この言葉を聞いて、
その意味なんて、演じるご本人方しか分からないけれど、
それだけではないなと腑に落ちなくて、その言葉が留まっていました。




「怪談乳房榎(かいだん ちぶさのえのき)」


初めて歌舞伎を観劇したのが2009年の夏で、
この演目でした。

三役をこなす役者の数秒で瞬時に代わる役の入れ替わり、
そしてクライマックスに滝が出現し、滝に打たれて切る見得など、
その派手な演出が初心者にも歌舞伎の素晴らしさを伝えてくれます。

観る人を物凄い勢いで惹き寄せる演目です。

その時、その三役を張った十八代目中村勘三郎丈の素晴らしさに熱く心を打たれて、
そこから中村屋の歌舞伎観劇が私の至上の贅沢となりました。

時を経て、この演目が再び開演し数年ぶりに観劇させて頂けました。

今回は、勘三郎丈の息子、
勘九郎丈の乳房榎です。


この演目は登場人物のほとんどが残忍で哀れで、卑怯で、
でも誰もがどこか必ず格好良くて、どこか憎めない、
沢山の思いを持たせてくれます。

勘三郎丈はそのすべての思いをしなやかに表現されていた人で、
面白いから惹きつけられて、より一層物凄く怖さも感じていました。
一瞬でそうやって惹きつける役者さんです。




勘九郎丈のそれは、
物凄い努力で、圧倒的に美しくて、
けれど似ているとは違う意味で、勘三郎丈を感じるんです。

これはオリジナルでは無いという意味に聞こえそうですが、
全くそういう意味では無くて、
それを含んで、そして越えて行く途中や過程を観ているように思います。


先代、先々代と続いている伝統が、
その役者の奥行き、深さとなって捉えた瞬間瞬間に鳥肌が立つのです。




でもその中で、勘九郎丈の着物の裾のからげ方が、素晴らしく美しかった。



これは勘三郎丈には思わなかったものです。




2009年に観た勘三郎丈のそれには勝らないと思いながら、
現在観た勘九郎丈のそれの方がより一層感動したのです。


私が思う、歌舞伎が贈与してくれる感動がこれです。

継がれて昇華していくような、
目に見えない芸が明らかに見えていて、

三次元じゃない肉体の芸術だと思っています。



あの言葉の、腑に落ちなかった点がきっとこれでした。




もっと知っていけたら、もっと面白くなる。

歌舞伎から教えてもらう、
深みを感じるとは美しさを感じ、広がるという事。



つらつらと知った気になって、
長文失礼しました。

今の私が好いている、歌舞伎の理由です。